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おとうちゃんのブログ
約30年間のサラリーマン時代
2017.03.30
こんにちは
今回も私という人間を少しでも知っていただくため、今までの人生の半分以上を過ごしたサラリーマン時代のお話をさせていただきます。
約30年間サラリーマンをしていましたが勤めたのはただ1社の某生命保険会社でした。
就職活動をする際にいろいろ考えましたが、結局これをやりたいと思うことが見つかりません。
で、仕事の幅が広くていろんなことが出来て、全国各地の支店で働けて、そして給料が割合よさそうな生命保険会社を受けることにしました。
当時、金融関係は体育会系の人間を多く入れていて、私もバスケ部で主将を務めていたからか運よく内定をいただけました。
入社後研修の3ヶ月は東京本社で行われました。
研修が終わり、初めての配属先はシステム部門でした。
結局、システム部門には7年ほどいたように記憶しています。
システム部門にはいましたが、なんとプログラミングは全くしたことがありませんでした。
支社・営業所への端末の設置の手配や予算関係の仕事ばかりをしていました。
予算などの仕事をしていたため、20代の平社員の青二才にもかかわらず、機械メーカーの営業の方たちに偉そうなことばかり言っていました。すいません。
7年ほど経過して、他部門も経験したいと考え、手っ取り早く外に出られる営業所長コースを希望しました。
6ヶ月ほどの研修を終えて京都市内の営業所の営業所長となりました。
営業所長は京都市内で2店、東京の立川市で1店の合計3店、5年ほど勤めました。
その5年間で、自分が人を使う器でないことをイヤというほど思い知らされました。
そのあと、支社の事務および店頭対応として北九州市に赴任しました。その地で妻と知り合い結婚しました。
次は、埼玉の事務部門に転勤となりました。
そのころ、このままだと自分は何もしないまま定年を迎えてしまうのではと思うようになりました。
自分なりに考えた結果、その会社で新しく立ち上げたファイナンシャルプランニング部門に行くと心に決めて、FPの資格を取得する勉強を開始しました。
その努力が認められ、FP部門への配属となり、会社生活の最後の約12年間をそこで過ごすこととなりました。
そのFP部門に入る為に勉強をはじめてからの約10年間は、社会人になって一番勉強をした時期でした。
充実した時期を過ごせたと思います。
簡単に言うと、いろいろなお金に関するアドバイスをして、その上で保険や投資商品を購入いただく仕事でした。
充実はしていましたが、でも何かもっと直接的にその場でお客様に感謝いただけ、その場でお客様のお役に立てたという実感が持てる仕事をしたいと思うようになっていました。
その結果、退職後に整体師という道を選んだ訳ですが・・・。
整体師の道を志せたのも、少し遠回りしたのかも知れませんが、約30年間の会社生活があったからだと考えています。
そういうことも含めて、会社を辞めてから、しみじみと会社のありがたさを感じています。
これからは、約30年間の会社生活を生かして、細々と、でも末永く宮崎の方々にお役に立てるように整体師という仕事を続けていきたいと考えています。
そのためにも、色々な面で精一杯精進しようと強く決意しました。